【If Found…】ありのままの自分を”消す”ビジュアルノベル

価格:1,320円
言語:公式日本語対応
プラットフォーム:PC、iOS

ざっくばらんに説明すると・・・

  • ”消す”ことで物語が進むビジュアルノベル
  • 社会の枠組みに収まらない若者たちの苦悩と青春を描く
  • ゲームというより映画や読書のような味わい深さ

【どんなゲーム?】

誰が言ったか覚えてませんが「字は書いた瞬間、過去になる」という言葉を聞いたことがあります。字を消すということは過去を消すということでしょうか。例えば書き溜めた日記を消しゴムで消す作業ほど虚しいものはないでしょう。日記ごと捨てるよりも心が痛みそう。しかしながらこのゲームは、消すことで物語を進めるビジュアルノベルです。

主人公の「カシオ」は23歳の学生であると同時に、人間関係がうまくいかず人との関わりに意味を見出せなくなっていました。そして家族ともうまくいかず友人のコラムに誘ってもらったシェアハウスで暮らし始めたところ、そこではコラムのほかに、ジャック、シャンズがバンド活動しながら、これからのことを刹那的に語り合っています。

4人が暮らすこの家、実はシェアハウスではなく空き家を勝手に使っているので屋根には穴が空き、暖を取るには薪を燃やさなければなりません。しかしそれでも4人はオアシスを見つけたように安心した面持ちで日々を過ごしていきます。でもそんな不安定な暮らしはそう長く続きませんでした。

家族や社会からの孤立、仲間との出会い、自分が何者で何を目指しているのか、そんな心情を書き留めていったカシオの日記をひたすら消し去りながらこのゲームは進んでいきます。日記のすべてを消し去ったときカシオに残るものはいったい何だと思いますか?

【どんな人におすすめ?】

このゲームでは様々な事情を抱えた20歳前後の若者たちが集まって自分たちの存在や生き方を模索するモラトリアム的な物語です。若者の苦悩を描いている点では『Night in the Woods』が好きな人にもおすすめですね。

クリア時間はおよそ1時間半でした。消しゴムで消せる範囲をオプションで広げておくとより快適にプレイできると思います。翻訳に関しては少々粗いというレビューもあるようです。しかし、英語でもプレイしてみましたが一部の単語が機械翻訳でおかしいだけで全体的には問題ないレベルです。

【ゲームを終えて、考えたこと】

カシオが抱えている軋轢は「キリスト教では同性愛を汚らわしいものとして捉えている」ということ知っておくと理解しやすいと思います。Netflixの人気番組「クィア・アイ」に登場する5人組のゲイのひとりボビー・バークはキリスト教信者の家族との不和を語っていました。自分の生き方を決めたとき、今後教会には足を踏み入れないと心に決めたそうです。

現在では「隣人を愛するのに同性愛者を愛せないなんて偽善だ」と同性愛者も受け入れようとする考えも広がっているようですが、まだまだ始まったばかりらしいです。

ゲームの話に戻りますが、カシオの「これまで一度もクリスマスのミサ(簡単に言えばキリスト教の集会)に行かないことはなかった」という発言を考えればカシオの家族もキリスト教信者であることが伺えます。家族はカシオの女性らしさを認めつつもやはり男性として落ち着いてほしいと語る場面もありました。

最初は考察として誰が男で誰が女で、誰が誰を好きで、みたいなことを書こうと思いましたが恐らくこのゲームでそこは重要じゃあないのでは。私を含めプレイした多くの人がLGBTQの人の物語なんだ、と思いがちですが多分このゲームが描きたかったのはもっと根深いモノのような気がします。物語のなかでは一度もゲイやレズビアンといった単語は登場せず、あくまでも社会の枠組みから外れた苦悩と「何を欲して、どう生きたいか」に焦点が当てられています。

男性でありながら女性的なカシオは家族からも軋轢を感じ「自分とは何者か」分からず23歳までを揺れ動き続けていたのだと思います。本当はありのままの自分を受け入れてほしいだけなのに愛情を感じることなく成長してしまったことで虚無感に苛まれていたのではないでしょうか

昨年、世界的に有名なアーティストのサム・スミスがノンバイナリージェンダーであることを明かしました。彼は「ノンバイナリージェンダー/ジェンダークィアは、男性/女性といった特定の性別ではない。さまざまな異なる要素が混在しているんだ。自分だけの特別な生き物なんだよ。僕はそのように捉えてる。僕は男性でも女性でもない。その連続体のなかで、中間地点に浮かんでいると思う」と述べたそうです。http://www.mtvjapan.com/news/5x5t18/190318-08

性別や人種、宗教といった枠組みは本質的には意味が無い、「自分」とは宇宙のように無限の連続性と広がりを持った存在であるということを描きたかったのかもしれません。このゲームにおける宇宙でのシーンは「自分が何者か」という答えを探すも、ありのままではどこにも収まる場所が無く孤独に浮遊するカシオの心理を描いているんだと解釈しました。

直接的な単語をあえて使わず会話や演出でプレイヤーに訴求している点は品性の高さを感じましたね。すべて説明してしまうとかえって味気なくなってしまう、これぞ脚本の力です。このゲームは誰がどの枠組みに収まるかを推理するのではなく、実際にストーリーのような苦悩を抱えている人がいるということを訴える作品なんじゃないかなーと思いました。

muramasa

2,000円以下でも深い味わいのある作品を紹介しています!ブログ「ゲームはリビングで。」を見て新たな作品と出会えるように更新していきます!

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