【コラム】ゲームはエビフライ?

突然ですが「ゲームをクリアすること」ってなんだと思いますか?物語の結末を見ること?隠れボスを倒すこと?実績コンプすること?

何をもってクリアとするかっていうテーマは考えてみると普遍的な解を出すことが難しい。

「物語の結末?僕は太鼓の達人が好きなんだ。どこに結末があるって言うんだ」

「隠れボス?どうぶつの森にそんなのいないよ」

「実績コンプ?レトロゲームにはそんなものないよ」(配信されたばかりのインディーズゲームもたまにね)

ポケモンで四天王を倒して殿堂入りしたのに「図鑑コンプしてないよね?それってクリアって言えなくない?」って水を差すやつに私は捨て身タックルを捧げたい。

ややこじつけがましくなってしまいましたが、何が言いたいかというと作品のジャンルによってゲームのエンディングの在り方というのは雪と墨くらい違うわけです。

だから「何をもってクリアとするか」という問いに対しては「そんなもの人それぞれでいい」と私は思っています。

この考え方をエビフライに例えることが多いんですが伝わりますかね?料理人は製作者、エビフライがゲーム、「ごちそうさま」がゲームクリア、というわけです。

ここで一つの問いを出しましょう。

「エビフライの殻を食べますか?食べませんか?ごちそうさまはいつですか?」

殻まで食べるべきという人もいればそうじゃない人もいるでしょう。人によって胃のキャパシティは違うのですぐ食べ終わる人もいれば時間がかかる人もいます。途中で飽きて残す人だっているかもしれません。

たしかに殻まで食べきれば誰がどう見ても「ごちそうさま」です。でも一般的に殻は残しても良いはずですよね。「ごちそうさま」のタイミングはいつでも、人それぞれでいいんです。

だから「殻を食べないやつはゲーマーじゃない」なんていう排他的な態度はとってほしくないし「このエビフライ(ゲーム)はもうお腹いっぱいだからここでごちそうさま(クリア)にします!」って堂々と叫んでいいと思うんですよね。

さらに言えば「ナイフやフォークを使わない(=縛りプレイ)」っていうプライドを持つ人もいれば「ソースなどのトッピング(=DLC、MOD)」を追加して違った味を楽しむ人もいますよね。

エビフライは時間が経つと腐ってしまいますが、幸いなことにゲームは腐りません。マナーは守るべきですが楽しみ方は自分で決めていいし「何をもってクリアとするか」という答えもやっぱり自由でいいと思います。

muramasa

2,000円以下でも深い味わいのある作品を紹介しています!ブログ「ゲームはリビングで。」を見て新たな作品と出会えるように更新していきます!

4件のフィードバック

  1. 「モノの本質は”飽きた”,”やりきった”を越えた先にある」
    というのを、とある方から教えてもらったことがあります。

    本で例えれば、
    「沢山のジャンルと作品を本棚に並べる人」よりも、
    「一つの本をボロボロになるまで大切にする人」の方が
    作品の本質を見抜くことが出来るらしいです。

    ボロボロになるほど何度も読んだ本は読者にとっての”運命”、
    というのは人間にも当てはまるかと思います。

    「あの人嫌い」と言う方がいたとして、それを長年付き合いのある方から見れば「分かってないな」と返すのと一緒です。

    運命の領域まで到達できるかは人それぞれですが、
    本当のゲーマーだったり愛読家であるなら、
    運命の領域に到達する作品を増やす方が信憑性があります。
    私はオタクが好きなのですが、オタクとの違いはそこにあります。

    長々と書いてしまいましたが、年を取ったり精神的に辛くなったりして出来ることが限られてきた時にソレに気付くと思います。

    • 一つのものを極めることは簡単ではないだけに、
      それに情熱を燃やし続ける人は本当に尊敬できますね。

      今はあらゆるものが増えていて一つのことに集中しにくい時代
      だと思いますが、その一方で目まぐるしい変化に対応していく
      こともたしかに求められます。

      ジャンルに限らず「変えてゆくもの」「変えずに残すもの」
      という相反する要素を見極めるのが現代の私たちに求められる
      ことなのだと思います。

      とはいえ、その二つを見極めるには運命の領域に到達すること、
      本質を見抜くことが必要なのかもしれません。

      • 多分ムラマサさんも気付いていらっしゃらないだけで、
        運命に到達したゲームってあると思います。
        「これなんか好きなんだよな」からフィードバックして考え直すと面白いですよ。

        地元のフレンドはモンハンだけは初代からずっと続けています。
        彼いわく「何故だか分からないけど自分に合っている」
        らしいです。
        中にはメタルギアシリーズをやりこんでいる方もいました。

        こう言うのってブランドだけで見ると狭くなってしまうので、
        ジャンルで絞っていくと見えてくると思います。

        ここまですることではないのかもしれませんが、
        私が躁鬱病になった時や入院していた時は”支え”になりました。

        多様化が進む現代社会で、病気で出来ることが限られても
        “ゲームを選択”
        “音楽を選択”
        “漫画を選択”
        “映画を選択”
        のどれかを選ぶキッカケに必要なのかなあと思いました。

        長々とすみませんでした。
        私が癌になった時に、このような考えが生まれました。
        転移はなかったのですが、人間いつ死ぬか分からないものです。

        • 大変な経験をされているようですね。

          私は娯楽も豊かさの源だと思っています。
          おっしゃるような「なんか好き」に巡り合って
          人生の栄養源を増やせると共有したい気持ちも湧きますね。

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